「29歳の渡英は“逃げ”じゃない」年収UPで帰国、計画的な1年間のYMS

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新卒大手メーカーで経験した理想とのギャップ

大学卒業後、最初に就職したのはお菓子メーカー。総合職として採用され、営業職を4年間務めた。営業としては、得意先への商品提案業務のほか、セールスアナリストとして社内データを分析する役割も担っていたという。

所属していたのはお菓子部門で、名実ともに日本の大手企業の一員として、社会人としてのキャリアをスタート。

新卒で入社した企業では、全国転勤が前提の中、彼女は関東信越地方に4年間勤務。いつ転勤になってもおかしくない環境だったという。頻繁な出張が続き、営業としてドラッグストアやスーパーの本部など取引先への対応に追われる日々だった。

しかし、そこで感じたのは企業文化とのミスマッチ。実力よりも年功序列が重視され、上下関係が厳しく、キャリアアップの見通しが描きづらかった。特に女性の働き手が少なく、周囲にロールモデルとなる人もいなかったという。「私のエリアは女性営業が私一人の時もあり、350人いる中でも女性はほとんど残っていなかった」と振り返る。

そうした中で彼女は転職を決意した。次に選んだのは、ロンドンに本社を構える外資系日用品メーカー。転職後も業務内容は変わらず営業職だったが、職場の雰囲気は一変。社員の7〜8割が女性で、実力主義のカルチャーのなか、キラキラと自分のキャリアを築いている社員が多く、「ここでなら自分も頑張れる」と感じたという。

外資企業ならではの難しさもあった。全体会議は英語で行われることが多く、「150人のうち、イヤホンで同時通訳を聞いているのは自分含む20人だけ。とても恥ずかしくて…」と語る。しかし、だからこそ英語力を伸ばす必要性を強く感じ、YMS渡航の意欲にもつながった。

英語力向上と海外経験を求めてYMSで渡英

新たな職場での仕事には満足していたものの、「ここからさらに上を目指すには英語力が必要だ」と強く実感。将来的に部下を持つ立場になった際にも、ビジネス英語でのコミュニケーションに自信を持ちたいと感じていた。そうした想いから、ずっと興味はあったものの先延ばしにしていたYMSでの渡英に挑戦することを決意。「いつか行きたい」を実現するには、今しかないと感じたという。

29歳になる年に、当時勤めていた会社を退職し、2025年1月にイギリスへ渡航。丸1年後の2026年1月1日に帰国するスケジュールを事前に決めていた。1年間という限られた期間で、「英語力を磨く」「海外経験を積む」といった目標を明確に設定していた。

退職にあたっては、会社側から「一年後にまた戻っておいでよ」と声をかけてもらっていた。役職はなかったものの、前職との関係も良好で、「戻る」という選択肢も保険的に視野に入れていたという。ただし、最終的には転職活動を前提にし、自らのキャリアに新たな視点を加えるつもりで渡英していた。

イギリスでの生活では、徹底して英語環境に身を置くことを意識。日本人との距離をあえて置き、友人関係や職場選びでも日本語を避けるよう努めた。目的はあくまで「英語でのビジネスコミュニケーション力の向上」であり、その覚悟を持って日々を過ごしていた。また、今まで続けてきたキャリアをベースにしつつ、新しい角度から自分の将来を見つめ直す機会にもしていた。

スタバ勤務と日本語教師で英語力を鍛えた1年

YMS期間中は、主にロンドン北部に住みながら生活。仕事のメインはスターバックスでのアルバイトで、1年間バリスタとして働き続ける中で、マネージャーのような立場になるまで成長した。

仕事以外では、オンラインの日本語教室「Preply(フレプリー)」を通じて、日本語を教える活動も並行して行っていた。これはアメリカの会社が運営するプラットフォームで、資格は持っていないものの、カジュアルに日本語を学びたい人向けにレッスンを提供。副収入と英語のアウトプットの場としても活用していた。

英語力の向上を目指していたが、1年の中で自覚していたのは「中の上」くらいのレベル感。日常生活での会話には困らず、簡単なやり取りはできるが、ビジネス英語やディスカッションとなると抵抗を感じる場面もあった。大きな成長というよりは、英語への“抵抗感をなくす”という意味で、カジュアルなやり取りのハードルはだいぶ下がった実感があった。

一方で、自分の設定していた目標からすると、ビジネスレベルの英語力向上にはまだ距離があり「少し甘かったかもしれない」と振り返る。途中「私は何のためにここに来たんだろう」と落ち込む時期もあったが、すぐに叶わないからこそ長期的な目標として捉えるようになった。このYMSの経験は、自身のキャリアの中で英語を今後も必要とする、そんなマインドをつくるきっかけになったという。

翌年1月からの日本での就職も見据え、8月頭から本格的に帰国後の準備を始めている。

ロンドンでのキャリア面談で感じた市場価値の厳しさ

ロンドンに来てから、知人のつてで繋がったキャリアアドバイザーと8月上旬に初めてカジュアルなキャリア面談の機会を得た。プロの視点で話を聞いてもらえる貴重な時間だったが、あくまでも非公式なもので、日本の法律の関係で正式なアドバイスという形は取れなかった。

この面談では「一度まったく異なる分野に挑戦してみたい」という気持ちを込めて人材業界などにも関心があることを相談。ただ、自分のキャリアやポジションから見た場合、新しい分野へ移行するにはどれほどのハードルがあるかを実感することになる。

特に29歳でワーキングホリデーを経て帰国するという経歴が、日本のマーケットではどのように評価されるのかを知りたかったが、エージェントから返ってきたのは「ワーキングホリデー(YMS)に行った人がどういう経験をし、それをどう次に繋げるのか」が非常に厳しく問われるという現実だった。

また、もし新しい分野に本気で挑戦するなら、これまでのキャリアの延長ではなく、収入やポジションも大きく下がる可能性があることも指摘された。特に「全く被っていない分野」に行こうとすれば、まったくの新人としてスタートすることになると告げられた。

この面談の経験を通じて、ロンドンで生活して感じる時間の流れと、日本でキャリアを積んでいる同世代の動きとのギャップに直面。「現実を突きつけられた」という気持ちになり、そこから自分はどう動くべきかを真剣に考え始めることになった。

市場分析で見つけた転職先とキャリアアップ戦略

リサーチを進める中で、マーケティング業界への転職を目指し始めた彼女は、自分が社会に提供できる価値を見つめ直す中で、「物を売る」ことから「お客様に必要なタイミングで最適な手段を使って届ける」ことへと、仕事に対する視点が変化した。より広いキャリアの可能性と、年収面での向上が見込めるポジションを求め、いくつかの業界で企業を比較・分析。最終的に、希望する収入水準が実現できそうな企業群の中から外資マーケティング会社にたどり着き、ビズリーチを通じて直接応募。ご縁があって内定に至った。

面接ではYMS経験について詳しく聞かれることはほとんどなく、キャリアの実績やスキルに焦点が当てられた。ただし、最後には「今ロンドンにいるんですよね?なぜ行ったんですか?」といった質問が必ず出たという。その際は簡潔に、「英語でのコミュニケーション力を高める必要性を感じたため」と説明し、単に語学留学ではなくビジネススキル向上を目的とした渡英であることを強調した。

応募先のポジションは営業職で、顧客は日本人であるため業務上での英語使用は少ない。ただし、社内は英語が飛び交い、部署によってアメリカ本社とのやり取りもある環境だ。日本法人とはいえ、外資系独特のスピード感やキャリアの広がりがある点にも魅力を感じたという。将来的には成果を積み重ね、海外での職務機会や連携企業での転職のチャンスにも期待できる点もプラス要素となった。

また、今回の転職では「年収アップ」も明確な目標だった。以前の転職ではインセンティブ制により収入が不安定で、急激に年収が下がってしまった経験があったため、転職がキャリアの“下り坂”にならないよう、3社目となるこの選択は慎重かつ戦略的に行ったという。

メーカーからの転職を目指し業界を見直した理由

前職では自身のキャリアに限界を感じるようにもなっていたという。「30歳で目標としてる年収ラインを超えたかった」と当時の想いを振り返る。周囲にはなんとなくで会社に残って働いている人もいた中で、自分なりに意思を持ってキャリアに向き合い挑戦してきたからこそ、ただの比較で劣等感を抱きたくなかったという。

業界を見直す過程で、自分の特性も明確になっていった。「個人向けの営業よりも、企業相手の方が向いている」「数字が好きで、毎週明確な目標に追われるような業務スタイルの方が合っている」と、自分の働き方に合った業界や職種を探すようになった。

このような考えから、人材業界やフルコミッション型の営業などは早々に除外。代わりに、数値分析が活かせる物流業界や、広告業界、そしてマーケティング業界に注目した。。「マーケティング会社とはこれまで営業としてかかわってきたし、データ分析と運用の経験ある。二社目は比較的規模の小さい会社だったから、クライアント向けのマーケティングソリューションやクリエイティブも自分でつくっていた」と、これまでの業務経験が転職先でも活かせることに気づいていった。「ただ理想を追い求めるのではなく、現実の自分の立ち位置や市場との距離感を把握した上で進路を選んだ」と語る姿からは、冷静なキャリア戦略が感じられた。

自分の可能性を信じて一歩踏み出した今回の決断が、さらなる飛躍につながることを心から応援したい。

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この記事を書いた人

リクルートで6年半勤務後、イギリスで2度の転職を経験。
「海外に挑戦する人と企業の力になりたい」という思いで、2024年8月にイギリスでEnjap Ltd設立。
千葉県流山市出身 | 慶應理工卒

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